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憧れていた高校の先生との体験談 2

M先生との放課後の一件があって以来、俺はほんの少しだけど変わったと思う。
勉強はM先生のことを考えてしまい、逆に手に付かなくなってしまったりもしたけど、それでも俺なりに真面目に取り組んでいたし、日常生活でもちょっとだけだけど自信の様なものが芽生えた様な気もしていた。

一方、補講に関しては、クラス担任から古典以外の他の科目を選択するよう命じられてM先生の講義を受けることが出来なくなってしまうという事態に陥った。

といってもこの補講は通常の授業とは違い、受験対策の演習や解説を繰り返し行うのが特徴だったから、受講してる生徒も一通りの内容を終えると別の科目に選択替えすることも珍しくなく、むしろ俺みたいにずっと同じ科目を選択したままの方が少数派で、仕方が無いといえば仕方が無かったんだけど・・・。


当初、俺はM先生の補講が受けられなくなるのが嫌で、「俺、古典苦手なんで」とか「家では古典の勉強しないから補講で補ってるんです」とか言って誤魔化していたんだけど、ついに担任からM先生に直接俺の科目移動が命じられ、俺はM先生から引導を渡されることになってしまった。

「A君ちょっといい?今日ね○○先生から呼ばれたんだけど」
ある日の補講の開始前、俺はそう言ってM先生に話しかけられた。

「あ、科目移せって言ってたんでしょ?」
「そう。社会の選択か英語の長文読解を受けさせたいって言ってたよ」

「何だかなー。そういうのは自分で決めるっつーの。何だよまったく・・・」
「でもね、私もそうしたほうがいいと思うよ。だってA君だいぶ古典の成績も上がってきたみたいだし、これからの講義は今までやってきたことを繰り返す部分が多いから、時間がもったいないっていうのは確かにあるからね・・・」




M先生の口調はごく普通の事務的な感じで、俺はちょっと寂しさを感じた。
ただ俺としてもこれ以上古典の受講に固執して周りから変に思われるのも嫌だったし、何よりもここで断れば今度はM先生に迷惑がかかりそうな気がして、やむなく俺は指示に従うことにした。

「わかった。でも俺もっとM先生の補講受けたかったんだけどなー」

放課後の教室の一件以来、俺は照れ臭さもあって、M先生と親しく話す機会は殆ど無かったんだけど、この時はたまたま周りに人がいなかったことと、どうもM先生の素っ気無い口ぶりが気になって、俺はわざと拗ねる様な言い方をしてみた。

「何を甘えたこと言ってんのww。あなた受験生なんだから仕方ないでしょ。それに古典で分からないところがあればいつでも教えてあげるんだから、他の科目も頑張りなさいよ」

ここで冷たい対応されたら嫌だなと思ったけど、M先生は俺の言い方を嫌がる風でもなく、笑いながらいつもの調子で受け止めてくれて、俺は少しホッとした。


「そんなこと言われたら、俺毎日質問しに行っちゃうかもw」
「いいよー別に。でもその分成績は上げないとダメだからね。それと質問は国語のことだけね。
前みたいに彼がどうとか言うのは禁止だからねw」

「でもそういうことのほうが聞きたいんだけどなw」
「何言ってんのw」

久し振りのM先生との会話に嬉しくなって軽口を叩く俺に対して、M先生は笑いながら少し怒ったような表情をすると、軽く俺の頭を小突くような真似をした。

科目を移動することになったのは残念だったけど、俺はM先生と僅かとはいえあの放課後以来の親しげなやりとりが出来たことと、あの時の会話をM先生が覚えていてくれていたことが嬉しくて、ちょっと大袈裟にM先生から逃げる振りをしておどけた。

やっぱり俺はM先生が好きだぁ・・・
俺はこの時とばかりにM先生のことを見つめながら、そんなことを改めて考えていた。



その頃から受験の時期まではあっという間だった様な気がする。
M先生はクラスの副担任だから毎日顔は合わせるものの、その後は特に親しく話しをする機会には恵まれず、俺としても心なしかM先生が俺のことを気にかけてくれているんじゃないかという気配を感じたりはしたものの、それは単に俺の方が気にしているからそう感じるだけという気もしたし、結局のところそれを確かめる術も機会も無いまま、いよいよ季節は受験シーズン本番へと突入して行った。

その頃の俺はといえば相変わらずM先生のことを考え悶々としてはいたものの、さすがに今は勉強を優先しないとまずいと思う一方で、受験さえ終わればその時は玉砕覚悟でM先生に自分の気持ちを伝えたいとも思うようになっていた。

当時の俺にとって、M先生は初めて本気で好きになった女性といっても過言ではなく、その人に自分の気持ちを伝えること無く卒業してしまえば、後で絶対に後悔するという気がしていたし、むしろそういう取り返しのつかないことだけは避けなければという気持ちが何より強かったように思う。

何をするにしても積極性とは縁のない俺ではあったけど、このことだけは間違っちゃいけない、間違ったら絶対に後悔する、経験地の低さゆえか俺はそんなことをやや大袈裟なぐらい考え、一人気持ちを昂ぶらせていた。


「本当に気持ちを伝えられるのか・・・」
「いくらなんでも勘違いしすぎ・・・」
「相手にされるわけ無いし・・・」
「でも、ひょっとしたら・・・」

告白するなどと意気込みつつも、こんな風にM先生に対する様々な気持ちを錯綜させながら受験直前の日々を過ごしていた俺に、小さくも強烈な爆弾を投下したのはやっぱりM先生だった。

入試を一週間後ぐらいに控えたある日の教室で、
「ちょっと渡したいものがあるから職員室まで来てくれる?」
俺はほんとに何気ない調子でM先生に声をかけられた。

周りには普通に友達もいたけど、その頃は誰とは無く入試対策用のプリントなんかを取りにくるよう呼び出されたりすることが珍しくなかったので、その時も特に誰も気に留めることは無く、俺も内心はともかく見た目は普段どおりの感じでM先生と教室を出た。


職員室に向かう廊下を歩きながら、久し振りにM先生と話しをする。

「いよいよ試験だね。調子はどうなの?」
「まぁ、なるようになるとしか言えないかなぁw」
「ちょっとー、ほんとに大丈夫なの?最後まで気を抜かないで頑張らないとダメなんだよ」
「うん。分かってる」

試験が終わればM先生に俺の気持ちを伝える。
俺は試験以上に、そのことを考えると身が引き締まるような気がして、自然といつもより少し口調が硬くなった。

職員室に着くと、予想通り古典に関するプリントを渡された。
「これ、予想問題集と解説。最終チェック用に試験科目に古典がある人に配っておいてください」
職員室内ということでM先生の口調も改まっている。


俺がプリントを受け取ると、M先生は続けて小さく周りを見渡し、近くに人がいないことを確認すると

「あと、これはあなたに。ほんとはいけないんだけど、あなたなんか頼りないから」
と小声で言うと、小さな事務封筒を手渡した。

俺はその封筒を周りの教師に悟られないよう無言で受け取ると、そのまま教室に戻り、預ったプリントをみんなに配った後、即行でトイレの個室に駆け込んだ。

校名の入った事務用の茶封筒が少し膨らんでいる。
俺はゆっくりと封筒を逆さにして中身を取り出した。
中からは「学業成就」と書かれたお守りと、「自信を持って頑張りなさい!!」と書かれた小さな紙片が出てきた。

手紙と言うにはあまりにも小さいその紙片は、薄いグレーのシンプルなデザインで、M先生らしい大きく力強い文字で言葉が記されていた。


「先生・・・」
みぞおちの辺りにキュルキュルっと締め付けられるような感覚があり、俺は思わず脱力して便座に腰を下ろした。

「なんか、もうやばい・・・」
俺は入試が終わった後のことを想像し、「もう絶対告白するしかないなぁ」とか「もう逃げ道は無いぞ」とかそんなことををぼんやりと考え、感動なのか興奮なのかわからないけれど少し体が震えるような感覚を覚えていた。

振り返ってみると、俺はこの時初めて生涯初の告白というものを、想像ではない現実のこととして捉えていたんだと思う。
想像の世界から、急に現実に引き戻された様な生々しさ。

入試同様、結果はどうであれ気が付いたらゴールは思っていた以上に近いところまで迫っているということを、俺はいきなり胸元に突きつけられたような気がしていた。



試験は出来たり出来なかったりだったけど、兎にも角にも入試期間は嵐のように過ぎ去った。

結果から言うと俺は何とか第1志望の学校に合格することができた。
ただ、それはそれで良かったんだけど、その学校は俺の地元からは遠く離れていて、俺は卒業と同時に地元を離れ一人暮らしをすることが自動的に決まってしまった。

あと一月もしないうちに地元を離れるという現実に直面し、俺は今さらながら焦燥感を覚えた。

試験が終わった俺にとって、今や最大の関心事はM先生のこと以外にありえない。
残された僅かな時間の中で、どうやってM先生に気持ちを伝えるか。
試験が終わった俺は始終そのことばかりを考えるようになっていた。

しかし、いざ考え始めてみると、確実にM先生と会えて、ゆっくり話せる場所というのは思いのほか少ないことにも気がついた。

それ迄は漠然とどこか人気の無い場所で告白すればいいと考えていたんだけど、実際問題としてはどこかにM先生を呼び出すといってもどういう方法で呼び出せばよいかが難しいし、そもそもM先生が俺の呼び出しに素直に応じてくれるかも分からない。

それだったらいっそ校内のどこかで俺がM先生を待っている方が確実性は高いように思うけど、人目が無く確実に会える場所となると果たしてどこがあるか・・・


考えた結果、俺は校内の駐車場でM先生を待つことにした。
田舎にある学校なので、M先生を始め多くの教職員は車で通勤していたから、駐車場にいればM先生に会えるのは確実だったし、うちの学校の駐車場は敷地の上が体育館になっていて、階段があったり体育祭で使う雑多な用具等が置かれていたりして死角も多かったから、M先生を待っているのを誰かに見咎められたりする心配が少ないことも好都合だった。

冷静になって考えれば、薄暗い駐車場で女教師を一人待ち伏せしている生徒っていうのもかなり危ない気がして、その点は心配だったけど、その時の俺には駐車場での待ち伏せ計画以上の名案は浮かばず、俺はそれなりに満足をしていた。

あとは日にち。
俺は思いを伝えた後に、学校でM先生と顔をあわせるのは余りにも恥ずかしいという気がしたので、Xデーは卒業式の翌日と決めた。

「一応、卒業式の後ならもう生徒じゃないのかな?」

そんなことも免罪符のように感じながら、ようやく俺の高校生活最後にして最大のイベントの計画は決定した。

そして卒業式当日。
3年間一緒に過ごした仲間と別れるのは寂しかったし、新しい生活への期待と不安も入り混じり、俺なりに感慨深いものを感じた。

もちろんM先生にも挨拶をした。
この一年間お世話になったことを、簡単ではあったけど、きちんとお礼を言った。
心なしかM先生の目も潤んでいたような気がする。

(でも先生、俺が本当に言いたいことは明日言いいますから・・・)

そんな言葉を飲み込んで、俺の高校生活は幕を閉じた。


翌日はもうすっかり春を思わせる陽気だった。
俺は朝からもう居ても立ってもいられない状態で、何度も何度もM先生に会ってからのことをシミュレートしていた。

ただいくらシミュレートをしてもやっぱり想像は想像でしかなく、今ひとつしっくり来ないばかりか、かえって緊張感が高まってしまい逆効果のような気もした。

午後になり学校へ向かう。
体がふわふわしていて、歩いていても自分の足じゃないみたいでどうにも足取りが覚束ない。

学校に着けば着いたで、昨日まで当たり前のように闊歩していた校内が、卒業してしまうと、ただの不法侵入者になってしまうのかと思うとちょっと不安を覚えた。

見慣れたはずの景色がなんだか妙に他人行儀な気がして居心地の悪さを感じる。
俺は誰にも見られないように足早に駐車場に向かった。


俺は駐車場でM先生の車を確認すると、すぐ近くにある物置の様な建物の影に腰を下ろした。
周りには色々なガラクタ類がたくさん置いてあり、ここならよほどのことが無い限り人には見つかる心配もない。

体が落ち着くと、今度は急に「俺は一体何をやってるんだ?」という思いが去来する。
独り善がりもいい加減にしろよみたいな感情も沸き上がってきて、かなりナーバスな状態になっているのが自分でも良くわかる。

しかしあと2・3時間もすればM先生は帰宅するために間違いなくここにやってくる。
もう今さら足掻いても仕方が無い。覚悟決めないと。

目を瞑り深呼吸を繰り返す。間違いなく入試の前より緊張してるなと思うと妙におかしくて、少し緊張がほぐれた。
賽は投げられたってこういう時に使う言葉なんだなぁとか、関係ないけど漠然とそんなことを考えていた。


それから数時間が経ち、周囲が暗くなり体育館の部活の声も聞こえなくなった。
既に何人かの教師が50mほど離れた教職員通用口から現れては車に乗り込み帰宅していった。
しかしM先生はまだ出てこない。

早く出てきて欲しいような、このまま出て来ないで欲しいような複雑な心境。
気持ちが落ち着かない。

しかし駐車場の車が半分ぐらいになった時、ついにM先生が通用口から現れた。
幸いなことにM先生は一人で、他の教師と一緒だったらどうしようという心配は杞憂に終わった。
しかしこれでもう逃げ道も無くなった。


俺はいきなり飛び出して驚かせてはいけないと思い、M先生が近づいてくる前に車の側に早めに立った。
心臓の鼓動が早くなり、足には力が入らない。何か頭がクラクラする。

M先生が俺に気付く。
いや正確には俺とは気付いていないかもしれない。
誰がいるんだろうという感じで目を凝らしている様子が窺える。

俺は自分から声を掛けようと思っていたのに、緊張で一言も発することが出来ず、ただ突っ立ったままだった。
案の定、散々行ったシミュレーションは初っ端から何の役にも立ちはしなかった・・・。


「・・・A君?」
M先生が声を掛ける。

「・・・うん」
正しく蚊の鳴くような声で返事をする俺。情け無い・・・。

「何やってんの、こんなとこで?びっくりするじゃない。もー」

M先生がホッとしたような声を出す。
明るい声で、思ったよりも全然不審がられていない様子でちょっと気が楽になる。

「何?待ち伏せ?もしかして私のこと待ってたの?ww」

少しふざけた口調ながらも、俺の欲目かM先生も心なしか喜んでいるようにも見える。
でも俺の行動はすっかり読まれてる感じ。

「・・・うん、ちょっと」
「ん?どうしたの?」
「・・・うん、ちょっとお礼を言おうと思って・・・」
「お礼って?」
「だから・・・今までお世話になったお礼・・・」
「お礼なら昨日聞いたよーww」
M先生が悪戯っぽく笑う。

「いや、そうじゃなくて・・・」

M先生は余裕なのに、俺のほうはこの時点ですっかり喉がカラカラの状態で、緊張のあまり呂律も廻らなくなってきた。

しかしここまできたら、もう逃げ出すわけには行かない。
俺は一気に今日ここに来た理由をまくし立てた。


M先生のことがずっと以前から気になっていたこと。
古典の補講もM先生が担当だったから受けたし、すごく楽しかったこと。
放課後の教室での激励がほんとに嬉しくて、その後少しだけど自信がもてたこと。
補講を受けられなくなった時は残念だったこと。
受験前にもらったお守りとメッセージがびっくりしたけどすごく嬉しかったこと。
そして、好きだっていう気持ちをどうしても、直接会って伝えたかったこと・・・

恥ずかしさのあまり俺はM先生の顔は全く見れなかったけど、半ばヤケくそ気味にこの1年間の思いのたけをM先生にぶつけた。
所々つっかえたけど一通り言いたいことを言って、俺が顔を上げると、意外にもM先生はすごく真面目な顔をして俺のことを見つめていた。



「・・・もう終わり?」
「・・・はい・・・」
少しの沈黙の後、M先生が喋りだした。

「A君ありがとね。実はね、私もA君にお守りをあげたことが気にはなっていたの。教師としては特定の生徒にだけそういうことをするっていうのはやっぱり良くないことだし、A君にもかえって余計なプレッシャーを与えちゃったんじゃないかなって・・・」

「そんなこと・・・」

「でもね、そういう風に思ってたけど、今のA君の話しを聞いてたらやっぱりあげて良かったなって思ったよ。教師としてはダメかもしれないけど、A君がずっとそうやって思ってくれてたんだったらそれはそれで良かったのかなって。そのことがずっと気になってたけど、今日A君が言ってくれたから私も言えて良かったよ」

さっきまでの調子と違い、M先生は真剣な口調でそんなことを言った。
俺はまさかM先生がそんな風に考えているとは思わなかったし、嬉しくもあったんだけど、何と返事をして良いかがわからず、ただ無言で立ちすくんでいた。
何か言わなきゃと焦るけど言葉が出てこない・・・。

とその時、助っ人が現れた。
と言ってももちろん誰かが助けに来てくれた訳じゃなくて、ちょうど教職員通用口が開いて誰かが駐車場に向かってくるのが見えたんだ。

「先生、誰か来る!」
ある意味、我に帰るM先生と俺。

「ごめん!もう1回隠れててくれる」

M先生の言葉を待つまでも無く、俺は慌ててさっきまで潜んでいたガラクタの陰に身を潜めた。

現れたのは普段から口うるさい教頭。こんなところを見つかったら、俺はともかくM先生の立場はまずいことになる可能性もある。

教頭とM先生は二言三言言葉を交わし、最後はM先生が挨拶して車に乗り込んだ。
と思ったら、M先生、車のエンジンをかけて走って行っちゃった・・・。

まさかこのまま置いてけぼりってことは無いとは思うけど、あっけにとられる俺。
しばらくして教頭の車も走り去り、あたりが静かになる。

<続く>

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